ひとことで「阿佐ヶ谷」といいますが、江戸時代の「阿佐ヶ谷村」は、青梅街道より北(JR阿佐ヶ谷駅側)の地域でした。現在、ウラナイトナカイのお店がある南阿佐ケ谷は、もともと「成宗(なりむね)村」と呼ばれた地域です。
南阿佐ケ谷の駅から、ウラナイトナカイの前を通り過ぎ、住宅街のゆったりとした坂を下りながら約5分ほど歩くと「成宗須賀神社」に到着します。ご祭神は出雲の須賀社にちなみ、素盞嗚尊(すさのおのみこと)。江戸時代には、素盞嗚尊は牛頭天王(ごずてんのう)の化身であるという神仏混淆の考えにより、「牛頭天王社」と呼ばれていたとのことです。(ここから最も近い橋は「天王橋」という名です)
善福寺川がすぐそばを流れるこの一帯は「成宗田んぼ」と呼ばれ、もともとは緑豊かで蛍がたくさん飛び交うのどかな田園風景だったと聞きます。ただし川が氾濫しやすい地帯でもあるため、広大な田んぼが遊水池の役割をしていたそうです。ふだんは穏やかで豊かな水の恵みは、その一方では荒々しく凶暴な自然の力と裏表一体の関係です。ひときわ強力な神様である素盞嗚尊は、治水の神様でもあるという説があり、ここに素盞嗚尊が祀られているのは、この地がそもそも強烈な水の力と結びついていることを暗に示しているように思われます。
須賀神社のお隣には、成宗五色弁財天が祀られた祠があります。現在は埋め立てられてマンションになっていますが、昔は大きな湧水池があり、そのほとりに祠を建てたのが始まりといわれています。水不足に悩んでいた桃園川沿いの中野・高円寺・馬橋の三つの村が善福寺川から引水するため、天保11(1840)年に開削した天保用水の中継池としても利用されたとのこと。ここは治水に関する重要なポイントであったのは間違いありません。
先日、秋分の日に開催した「はじめてのアースダイバー」では、まず最初に須賀神社へ、ウラナイトナカイまつい店長をはじめ、ご参加の方々と一緒にお参り・ご挨拶いたしました。お店からほんの5分程度の距離です。お店にお越しくださるみなさまも、ぜひご参拝なさってみてはいかがでしょうか。(天海玉紀)
※ まついなつき店長による「はじめてのアースダイバー」体験記
『スサノオの土地』
成宗須賀神社 →★
杉並区成田東5-29-3(Google Map)